台東区小島界隈の風景
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小島界隈に残る井戸ポンプ。

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如意輪観音堂。

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小島という地名の由来について、街角に立てられた案内板によれば。。

むかし、この付近は鳥越村に属する沼地であった。そして浅草猿屋町の小島酉之助という者の先祖が、この地の名主役を勤めていた。その後、寛永七年(1630)、先祖が三味線堀の堀割工事で掘り起こした土を使って沼地を埋め立て、そこに開いた街を小島町と名付けた。そして明治五年(1872)に隣接する武家屋敷を合併し町域を広げたが、昭和九年に浅草小島町は南北二町にわけられ、南側が一丁目、北側が二丁目になった。
鳥越川の堀割工事でできた堀が三味線堀である。堀の形が三味線に似ていたのでその名が付いたといわれる。


鳥越川は根津付近を通り不忍池に注いでいた藍染川の下流部分で、向柳原(現浅草橋界隈)を経由して隅田川と合流していました。
三味線堀は現在の清洲橋通りの小島1丁目付近に存在した船溜まりだが、大正のはじめには埋め立てられたそうです。

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by igu-kun | 2008-02-01 22:02 | 浅草橋・鳥越・台東・蔵前
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